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Diaryではない何か。

例の話

前の会社に勤めていたときの話。
札幌の支店から私と同年齢の男性社員が転勤してきた。
その会社内には不動産部門があり、そこからの斡旋でアパートの部屋も決まり、すぐに入居することができた。


以前札幌に出張した際に何度か一緒に仕事をしたことがあり、彼とはすぐに打ち解けることができた。
彼は元自衛隊員で、礼儀正しく快活な性格の持ち主で社内での評判も良かった。
そんな彼だったが、転勤1週間後ぐらいからなんとなく表情がすぐれなくなり、口数も少なくなっていった。
ホームシックという訳でもないだろうけれど、それまで歓迎会らしいことも特にしていなかったので、同僚3人と一緒に彼のアパートに仕事終わりにそのまま押しかけて飲み会をすることになった。
みんなで明るく盛り上げるはずだったのだが、開口一番彼がおもわぬことを口にし始めた。


彼のアパートの部屋は居間と台所の間に引き戸があり、上半分が障子で下半分がすりガラスになっていたのだけれど、夜仕事終わりに一人で居間にいると、台所の方に人の気配がしてそちらに目をやると、すりガラス越しに人が歩いているのが見えるというのだ。

更に、風呂に入ろうとして上ぶたをめくると湯船に明らかに自分のものとは異なる長い髪の毛が浮いているのだという。

また、寝ていると深夜突然金縛り状態になり、姿は見えないがはっきりと何かの気配を感じるというのだ。
その為彼はこの部屋に引っ越してきて以来、ほとんど夜まともに眠れていないということだった。


みんな息を呑んで彼の話を聞いていたのだが、そのうち同僚の一人がその場で立ち上がって言った。


「よし、聞きに行こう!」


一瞬何のことか分からなかったが、彼はアパートの外に出て行き、隣の部屋のドアをノックした。
もう夜9時過ぎだったけれど、地元の大学生らしい男性が出てきた。
そこで同僚が「あのー、突然夜分遅くほんとに申し訳ないんですけど、オレ達隣の部屋の人の友達なんですけど、ここの部屋がどうして空き部屋になってたのか何かご存知ないでしょうか」と尋ねた。

するとその大学生風の男性は、落ち着いた表情のまま淡々と教えてくれた。


「ああ、隣の部屋の人、自殺したんですよ」


そして、我々の立っていた場所の頭の上の方をすっと指差して「この雨どいの所にヒモをかけて首吊ってたんです。朝がた新聞配達が発見してえらい騒ぎになってました」と言ったのだ。



翌日、この事実を彼は社長に直接会ってすべてをありのまま話し、アパートを替えてほしいと願い出た。

社長はその場で不動産部門の責任者に電話をして、何故こんな物件をうちの社員に紹介したのだと怒鳴り、すぐに他のアパートを探すことを約束させたそうだ。


だが、結局彼はこのときの恐怖体験と、会社への不信感からノイローゼのような状態になり、部屋に荷物を残したまま翌日札幌に帰ってしまった。

彼の荷物は後日、社員総出で荷造りをして札幌に送り返された。


その後のことはまったく分からない。ただ総務の人から、彼が札幌に帰ってからしばらくの間、神経科の病院に通院していたらしいとだけ聞くことができた。


この件があって以来、そのアパートが建っている団地には今でも近づく気にはなれないのだ。


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もう15年以上前の話です。
ちなみに風呂に浮いていた髪の毛はそのときみんなで一緒に見ました。明らかに彼のものではない長い髪の毛が湯船に浮いていました。


と言うわけで、季節が夏のうちに書いておきたかった「霊の話」でした。


おしまい。